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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)274号 判決

上告人

伊東政男

右訴訟代理人弁護士

右田堯雄

被上告人

株式会社坂元建設

右代表者代表取締役

坂元次夫

右訴訟代理人弁護士

飯田昭

主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人右田堯雄の上告理由第一点について

一原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、昭和六〇年三月二〇日、建設業者である住吉建設株式会社との間で、上告人を注文者、住吉建設を請負人とし、代金三五〇〇万円、竣工期同年八月二五日と定めて、上告人所有の宅地上に本件建物を建築する旨の工事請負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。この契約には、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合工事の出来形部分は注文者の所有とするとの条項があった。

2  住吉建設は、同年四月一五日、上告人から請け負った本件建物の建築工事を代金二九〇〇万円、竣工期同年八月二五日の約定で、建設業者である被上告人に一括して請け負わせた(以下「本件下請契約」という)。被上告人も住吉建設が上告人から請け負った工事を一括して請け負うものであることは知っていたが、住吉建設も被上告人もこの一括下請負について上告人の承諾を得ていなかった。なお、本件下請契約には、完成建物や出来形部分の所有権帰属についての明示の約定はなかった。

3  被上告人は、自ら材料を提供して本件建物の建築工事を行ったが、被上告人が昭和六〇年六月下旬に工事を取りやめた時点においては、基礎工事のほか、鉄骨構造が完成していたものの、陸屋根や外壁は完成しておらず、右工事の出来高は、工事全体の26.4パーセントであった(以下、右時点までの工事出来形部分を「本件建前」という)。

4  上告人は、住吉建設との約定に基づき、請負代金の一部として、契約締結時に一〇〇万円、昭和六〇年四月一〇日に九〇〇万円、同年五月一三日に九五〇万円の合計一九五〇万円を支払った。

他方、上棟工事は同年五月一〇日に完了し、それまでの工事分として住吉建設から被上告人に支払が予定されていた第一回の支払分五八〇万円の支払時期は同年六月一五日であったが、その前々日の同月一三日に住吉建設が京都地方裁判所に自己破産の申立てをし、同年七月四日に破産宣告を受けたため、被上告人は、下請代金の支払を全く受けられなかった。

5  上告人は、同年六月一七日ころ、被上告人から聞かされて初めて本件下請契約の存在を知り、同月二一日、住吉建設に対して本件元請契約を解除する旨の意思表示をするとともに、被上告人との間で建築工事の続行について協議したが、工事代金額のことから合意は成立しなかった。そこで、上告人は、同月二九日、被上告人に工事の中止を求め、次いで、同年七月二二日、被上告人を相手に本件建前の執行官保管、建築妨害禁止等の仮処分命令を得て、その執行をした。

6  その後、上告人は、同年七月二九日、株式会社稲富との間で代金二五〇〇万円、竣工期同年一〇月一六日の約定で、本件建前を基に建物を完成させる旨の請負契約を締結し、稲富は、同月二六日までに右工事を完成させ、そのころ上告人から代金全額の支払を受けて本件建物を引き渡し、上告人は、本件建物につき所有権保存登記をした。

二原審は、右事実に基づき、(一) 本件建前は、いまだ不動産たる建物とはなっていなかった、(二) 住吉建設と被上告人との間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、被上告人は本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工した被上告人に帰属する、(三) 本件建物は、本件建前を基に稲富が自ら材料を提供して建物として完成させたものであり、稲富の施工価格とその提供した材料の価格の合算額は本件建前の価格を超えると認められるから、本件建物の所有権は稲富に帰属し、稲富と上告人の合意により上告人に帰属した。(四) 被上告人は、本件建前が本件建物の構成部分となってその所有権を失ったことにより、本件建前の価格相当の損失を被り、他方、上告人は、本件建前を基に建物を完成させることを稲富に請け負わせ、その請負代金も本件建前分を除外した部分に対して支払われたから、本件建前価格に相当する利得を得た、(五) したがって、上告人は被上告人に対し、民法二四六条、二四八条により、本件建前価格に相当する七六五万六〇〇〇円(下請代金二九〇〇万円の出来高26.4パーセントに相当する額)を支払う義務がある、と判断した。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。

これを本件についてみるのに、前示の事実関係によれば、注文者である上告人と元請負人である住吉建設との間においては、契約が中途で解除された場合には出来形部分の所有権は上告人に帰属する旨の約定があるところ、住吉建設倒産後、本件元請契約は上告人によって解除されたものであり、他方、被上告人は、住吉建設から一括下請負の形で本件建物の建築工事を請け負ったものであるが、右の一括下請負には上告人の承諾がないばかりでなく、上告人は、住吉建設が倒産するまで本件下請契約の存在さえ知らなかったものであり、しかも本件において上告人は、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分である本件建前価格の二倍以上に相当する金員を住吉建設に支払っているというのであるから、上告人への所有権の帰属を肯定すべき事情こそあれ、これを否定する特段の事情を窺う余地のないことが明らかである。してみると、たとえ被上告人が自ら材料を提供して出来形部分である本件建前を築造したとしても、上告人は、本件元請契約における出来形部分の所有権帰属に関する約定により、右契約が解除された時点で本件建前の所有権を取得したものというべきである。

四これと異なる判断の下に、被上告人は上告人と住吉建設との間の出来形部分の所有権帰属に関する合意に拘束されることはないとして、本件建前の所有権が契約解除後も被上告人に帰属することを前提に、その価格相当額の償金請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。

そして前記説示に徴すれば、被上告人の上告人に対する償金請求は理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきであり、これと同趣旨の第一審判決は正当であるから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。

一  本件は、注文者甲と元請負人乙及び下請負人丙とがある場合に、乙が倒産したときは甲丙間の法律関係はどのようなものとして理解さるべきか、との論点が中心となる事案で、請負関係について実務上しばしば遭遇する典型的事例の一つであり、本件において下請負人丙(被上告人)の請求を排斥した第一審判決を取り消した上これを認容すべきものとした原判決の理由中に、右甲乙丙三者間の法律関係につき特段の言及をした説示が見られるので、法廷意見に補足して、私の考えるところを述べておくこととしたい。

二  原判決は、その理由の三の1において、上告人甲と乙との間の元請契約には、甲は工事途中で右契約を解除することができ、その場合乙が施工した出来形部分の所有権は甲に帰属する旨の条項が設けられ、その後、右契約は解除されたが、右特約条項は注文者甲と元請負人乙との間の約定であって、下請負人たる被上告人丙を拘束するものではなく、乙丙間の下請契約には、丙が施工した出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったから、右元請契約の解除により直ちに本件建前の所有権が甲に移転する理はないと解される旨を判示した。

甲乙丙三者間の法律関係は原判決説示のようなものとして理解され得るか、これが本件の問題点である。

三  本件事案の概要は、注文者甲がその所有地上に家屋を築造しようとして乙に請け負わせたところ、乙は注文者甲と関りなくこれを一括して丙に下請させ、丙が乙との間の契約に従って施工中に元請負人乙が倒産した、甲は工事請負代金中の相当部分を乙に支払済みであったが、乙から丙への下請代金は支払われていなかった、というものである。

そして、本件において被上告人丙が建築工事を取り止めた時点における出来形部分の状態は、法廷意見に記述のとおりであるが、本件において工事を施工したのは一括下請負人たる丙のみであり、材料は丙が提供し、工事施工の労賃は丙の出捐にかかるものである。したがって、この点のみに着目すれば、出来形部分は丙の所有というべきものとなろう。工事途中の出来形部分の所有権は、材料の提供者が請負人である場合は、原則として請負人に帰属する、というのが古くからの実務の取扱いであり、この態度は施工者が下請負人であるときも異なるところはない。

四  しかし、此処で特段の指摘を要するのは、工事途中の出来形部分に対する請負人(下請負人を含む)の所有権が肯定されるのは、請負人乙の注文者甲に対する請負代金債権、下請についていえば丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための手段としてである(注)という基本的な構成についての理解が、従前の実務上とかく看過されがちであったことである。

注 この点をつとに指摘した裁判例として、東京高裁昭和五四年四月一九日判決・判例時報九三四号五六頁を挙げることができよう。

本件において、下請負人丙の出来形部分に対する所有権の帰属の主張が、丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための、いわば技巧的手段であり、かつ、それにすぎないものであることは、丙が出来形部分の収去を土地所有者甲から求められた局面を想定すれば、容易に理解され得るであろう。

すなわち、元請負人乙に対する丙の代金債権確保のために、下請負人丙の出来形部分に対する所有権を肯定するとしても、敷地の所有者(又は地上権、賃借権等を有する者)は注文者甲であって、丙はその敷地上に出来形部分を存続させるための如何なる権原をも有せず、甲の請求があればその意のままに、自己の費用をもって出来形部分を収去して敷地を甲に明け渡すほかはない。丙が甲の所有(借)地上に有形物を築造し、甲がこれを咎めなかったのは、一に甲乙間に元請契約の存するが故であり、丙による出来形部分の築造は、注文者から工事を請け負った乙の元請契約上の債務の履行として、またその限りにおいて、甲によって承認され得たものにほかならない。

五  本件の法律関係に登場する当事者は、まず注文者たる甲及び元請負人乙であり、次いで乙から一括下請負をした丙であるが、この甲、乙、丙の三者は平等並立の関係にあるものではない。基本となるのは甲乙間の元請契約であり、元請契約の存在及び内容を前提として、乙丙間に下請契約が成立する。比喩的にいえば、元請契約は親亀であり、下請契約は親亀の背に乗る子亀である。丙は乙との間で契約を締結した者で、乙に対する関係での丙の権利義務は下請契約によって定まるが、その締結が甲の関与しないものである限り、丙は右契約上の権利をもって甲に直接対抗することはできず(下請契約上の乙、丙の権利義務関係は、注文者甲に対する関係においては、請負人側の内部的事情にすぎない)、丙のする下請工事の施工も、甲乙間の元請契約の存在と内容を前提とし、元請契約上の乙の債務の履行としてのみ許容され得るのである。

このように、注文者甲に対する関係において、下請負人丙はいわば元請負人乙の履行補助者的立場にあるものにすぎず、下請契約が元請契約の存在と内容を前提として初めて成立し得るものである以上、特段の事情のない限り、丙は、契約が中途解除された場合の出来形部分の所有権帰属に関する甲乙間の約定の効力をそのまま承認するほかはない。甲に対する関係において丙は独立平等の第三者ではなく、基本となる甲乙間の約定の効力は、原則として下請負人丙にも及ぶものとされなければならない。子亀は親亀の行先を知ってその背に乗ったものであるからである。ただし、甲が乙丙間の下請契約を知り、甲にとって不利益な契約内容を承認したような場合(法廷意見にいう特段の事情―甲と丙との間の格別の合意―の存する場合)は別であるが、このような例外的事情は通常は認められ難いであろう(甲丙間に格別の合意がない限り、甲が丙の存在を知っていたか否かによって結論が左右されることはない。法廷意見中に、上告人は本件下請契約の存在さえ知らなかったものである旨言及されているのは、単なる背景的事情の説明にほかならない)。

六  しかるに原判決が、前記のように、中途解除の場合の出来形部分の所有権帰属についての特約は甲乙間の約定であって、下請負人丙を拘束するものでないとしたのは、さきに見たような元請契約と下請契約との関係、下請負人丙の地位が注文者甲に対する関係においては、元請負人乙の履行補助者的地位にとどまることを忘れたものとの非難を免れないであろう。

もとより、下請負人丙のための債権確保の要請も考慮事項の一たるを失わない。しかし、この点における丙の安否は、もともと、基本的には元請負人乙の資力に依存するものであり、事柄は乙と注文者甲との間においても共通である。ただ、甲乙間においては、通常、乙の施工の程度が甲の代金支払に見合ったものとなるので(したがって、乙が材料を提供した場合でも、実質的には甲が材料費を負担しているのが実態ということができ、この点を度外視して材料の提供者が乙であるか否かを論ずるのは、むしろ空疎な議論というべきであろう)、出来形部分に対する所有権の乙への帰属の有無がその死命を制することにはならず、もともと甲のための建物としての完成を予定されている出来形部分の所有権の甲への帰属を認めた上で、甲乙間での代金の精算を図ることが社会経済上も理に適い、また、乙にとっても不利益とならないのが通常であるといえよう。

他方、下請の関係についていえば、下請負人丙の請負代金債権は、元請負人乙に対するものであって、甲とは関りがない。一般に、出来形部分に対する所有権の請負人への帰属は、請負代金債権確保のための技巧的手段であるが、最終的には敷地に対する支配権を有する注文者甲に対抗できないことは、さきに見たとおりであって、元請負人乙の資力を見誤った丙の保護を、下請契約に関りのない、しかも乙に対しては支払済みの注文者甲の負担において図るのは、理に合わないことである(注)。

注 これを先例になぞらえていえば、本来丙において乙に対して自ら負担すべき代金回収不能の危険を甲に転嫁しようとするもの、ということができよう(最高裁昭和四九年(オ)第一〇一〇号同五〇年二月二八日第二小法廷判決・民集二九巻二号一九三頁参照)。

七  もし、甲が乙に対して全く代金の支払をせず、又はそれが過少であるのに、倒産した乙からの下請負人丙が一定の出来形を築造していた場合には、現実の出捐をした丙に対する甲の不当利得の成立を考える余地があろう。しかし、問題の多い不当利得による構成よりも、出来形部分の所有権の帰属に関する甲乙間の特約の効力が丙に及ぶことを端的に肯定した上で、甲に対する乙の代金債権の丙による代位行使を認める構成こそ、遥かによく実情に合致する。

これに対し、丙の施工による出来形部分に見合う代金が既に甲から乙に支払済みであるときは、乙の履行補助者的地位にある丙の下請代金債権の担保となるものは、乙の資力のみである(丙の保護、丙のための権利確保の方策は、甲ではなく乙との関係においてこそ考慮されなければならない)。一見酷であるかに見えるこの結論は、元請と下請という契約上の二重構造(子亀は親亀の背の上でしか生きられないという仕組み)から来る、いわば不可避の帰結にほかならず、これと異なる見地に立って、下請契約に関与せずしかも乙に対しては支払済みの注文者甲に請負代金の二重払いを強いることとなる原判決の見解を、丙の本訴請求に対する結論として選択する余地はないものといわなければならない。

八  従前、請負関係の紛争に関する実務の取扱いは、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの見地に立ち、むしろこれを最上位の指導原理として紛争の処理に当たって来たといえるが、その結果、元請負人の倒産事例において、出来形部分に見合う代金を元請負人乙に支払済みの注文者甲と、乙から下請代金の支払を受けていない下請負人丙との利害の調製に苦しみ、あるいは出来形部分の所有者である丙の注文者甲に対する明渡請求を権利の濫用として排斥し(東京高裁昭和五七・七・二八判決・判例時報一〇八七号六七頁)、あるいは出来高に見合う代金を支払った上で甲のした保存登記の抹消を求める丙の請求を権利の濫用として排斥している(東京地裁昭和六一・五・二七判決・同一二三九号七一頁)。私は、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの従前の実務の取扱いとの整合性に配慮しつつ、それぞれの事案において妥当な結論を導き出そうとしたこれら裁判例に見られる努力に敬意を表するにやぶさかではないが、丙の請負代金債権確保の手段として出来形部分に対する所有権の丙への帰属を肯定しようとする解釈上の努力が、それにも拘らず当の出来形部分の存在それ自体が甲の収去敷地明渡しの請求に抗する術がないという、より一層基本的な構造の認識に欠けていた点につき改めて注意を喚起し、元請倒産事例についての実務の取扱いが、一種の袋小路を思わせるような状態から脱却して行くことを期待したいと思う。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官大野正男)

上告代理人右田堯雄の上告理由

上告理由第一点

原判決は、被上告人の第三次請求を認容し、その理由として、

「本件建前は、請負人たる被上告人がすべての材料を提供して施行した出来形部分であるから、これの所有権が被上告人に帰属すべきは当然であり、上告人と住吉建設株式会社との間の請負契約解除による出来形部分の所有権の上告人への帰属という約定は、下請負人たる被上告人を拘束するものではなく、被上告人と住吉建設株式会社との間の下請負契約においては、出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったから、元請負契約の解除により直ちに本件建前の所有権が上告人に移転する理由はなく、建設業法第二二条の規定も右の理を左右しない」との趣旨の判示をした。

しかしながら右判示は、法令の解釈を誤っているものでその誤りは原判決主文に影響を及ぼすものであることが明らかである。

即ち

(一) 請負契約における目的物たる建物所有権の帰属について、近年の学説上は、「目的物たる建物の所有権は、常に注文者に原始的に帰属する。」という見解が有力である。この見解の根拠としては、1 目的物の所有権を請負人に認めると請負人が目的物を処分することが可能となるとともに、請負人の債権者による差押によって、注文者は請負契約の目的物を自己の物になし得なくなる。2 当事者間の内部関係により所有権の帰属が異なることになり、第三者に不測の損害を及ぼす。3下請負が行われた場合、権利の帰属が複雑となる。4 所有権の移転を引渡に求めると物権行為の独自性を否定する判例、通説が自ら矛盾を犯すことになるとともに、請負人の土地利用権についての根拠が明確さを欠くの諸点があげられるが、本件のように内部関係による対外的影響が一層大きくなる一括下請負の場合においても、元請負の場合と等しく、下請負人の完成させた目的物の所有権は、原始的に注文者に帰属し、下請負人、元請負人による注文者への建築物の引渡はいずれも占有権の引渡となる{平松充文「下請取引の法律実務」建設業法律実務選書4九六頁、九九頁、吉原節夫「請負契約における所有権移転時期」契約法大系Ⅳ一三五頁、栗栖・法律学全集契約法四六六頁、広中俊雄・注釈民法(16)一〇五頁等}この見解によれば、工事途上における出来形部分についても右同様に注文者たる上告人に原始的に帰属することになり、特に本件においては、契約解除によって出来形部分は上告人に帰属する旨〈書証番号略〉の一二条、一三条の定めるところであり、後述するように下請負人は下請負契約の内容を理由として右特約に抵触する主張をすることができない特段の事情があるのであるから、右が被上告人に帰属するとした原判決の判断は誤りであって破棄を免れない。

(二)右(一)記載の法理が採用されないとしても、以下の理由によって原判決は破棄を免れない。

即ち、本件においては、原判決も認定しているように、注文者である上告人は、請負人である住吉建設が自己破産の申請をした後である昭和六〇年六月一七日頃になって、本件建物の建築が一括下請負契約に基づき被上告人によってなされたことを知ったものであって、それまでは上告人と住吉建設間の請負契約に基づき住吉建設が建築工事を行っていたことに何ら疑念をももたず、その結果後記の如く出来形相当部分を上回る請負代金の一部を住吉建設に支払ったものである。

ところで一方被上告人は、自ら建設業者でありながら、建設業法二二条二項の規定に反して住吉建設との間に一括下請負契約を締結したことも原判決の認定するところである。原判決は建設業法の右規定は、行政上の取締法規であって私法上の権利関係に直ちに影響を与えるものではないというけれども、右の取締法規が創造された根拠ないし理由は、私法上の権利関係を判断するに際して充分に斟酌されなければならないことは当然の事理に属するものといわなければならない。このことは、建築基準法が建物等建築に関する取締法規ではあるが、その第六五条が直接私人間の相隣関係を規律する意味を有することからも看取し得るところである。

しかして建設業法二二条が設置された理由は、一括下請負契約を無限定に許容すれば、注文者の元請負人に対する信頼関係に背反することとなり、工事施行の責任の所在を不明確にするのみならず、工事の適正な施行を妨げ、中間利潤をとられることによって工事の質の低下を招くおそれがあり、また商業ブローカー的不良建設業者の輩出を招き健全建設業の発展を阻害するおそれがあるのでこれを避止するためであるといわれる(建設業法研究会編著・建設業法解説一三七頁)。そして右法条をうけて、昭和五三・一一・三〇建設省計画局長通達は、その第二で注文者の承諾が得られる場合にも一括下請負は極力避けるものとすると指導しているが、右法条の趣旨を右の如く理解すると、同法条はそれに違反した事実があったときに、同法第二八条による監督権の行使という行政取締の措置を受けるにとどまるものではなく、請負契約における注文者の保護をも目的とするものと解しなくてはならない。このことはまた建設業法第二二条三項が注文者の書面による承諾を得た場合に禁止の例外として取扱っていることからも看取しうるところである。蓋し、注文者が書面で一括下請負の同意をした場合には、下請負の介在によってなんらかの不利益を蒙ったとしても事前にこれを承認しているものと考えられるからである。

現に建築業界においては、別添資料の如く、天下に著名な大林組が一括下請負する場合ですら注文者に書面による承諾を求めて注文者の保護に遺漏なきを期している実情にある。

それ故に注文者が書面による承諾もせず、しかも全く関知しなかった建設業法二二条二項違反の一括下請負契約が介在したことのために、それが介在しなかった場合と比較して注文者に不利益となるような結論となる解釈は避けなければならないというべきである。これを実質的立場からみても、建設業法二二条を熟知している筈の建設業者が注文者に秘して工事の一括下請負をし、後日その下請負の存在を全く知らなかった注文者に対し、なんら契約関係が存在しないのにかかわらず、下請負人の利益に下請負人の権利関係を有利に主張し得るとすれば、注文者は請負契約を締結した後にたえず下請負人の存否について注意を払わない限り、元請負人のみならず下請負人に対して二重に請負代金あるいは建築資材代金を支払わなければ建物ないしは出来形の所有権を取得できないおそれがあることとなり、かかる結果は、建築工事費が一般的に極めて高額であることとあいまって注文者にとって苛酷な結果となることは疑念の余地がないのである。

本件についてこれをみるに、先述の如く、上告人は、住吉建設株式会社と請負契約を締結し、その内容(〈書証番号略〉御参照)に則って、住吉建設に対し三回にわたって請負代金一九五〇万円を支払い、請負人の責に帰すべき理由により右契約を解除し契約書第一二条により出来形部分の所有権を取得したものであるところ、突如として被上告人は、自己が材料を負担して工事をしたものであるが故に、その材料代金を支払えと請求してきたものであって、上告人にとっては全く寝耳に水の事態であった。もし本件において被上告人が、上告人の一括した請負について承諾を求めてきたら、上告人としては、元請負人との契約が解除された場合には、下請負人の施行した出来形部分は元請負人に(従ってまた〈書証番号略〉の一二条により注文者に)帰属すべき条項の存否を前提として承諾するか否かを決め得た筈であるし、これを承諾した場合には請負人に代金を支払うに際しても、下請負人の元請負人からの代金支払いについて配慮を加え得た筈である。しかるに上告人は、下請負契約の存在を全然知らなかったのであるから、当然のことながら、被上告人との間に直接約定を結べるはずもなく、また元請負人たる住吉建設と下請負人との間の下請負契約の内容に容喙し得る余地もなかったのである。この限りにおいて、本件建築請負契約に関し、上告人は被上告人と直接の関係はない。従って原判決が〈書証番号略〉の一二条の「特約条項は注文者と元請負人との間の約定であって、下請負人を拘束するものではなく、住吉建設株式会社と控訴人間のした請負契約には、控訴人が施行した出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったのであるから、右元請負契約の解除により直ちに、本件建前の所有権が被控訴人に移転する理はないと解される」と判示するのは、全く不当というのほかはない。蓋し右に述べたところから明らかなように、上告人は、下請負人の存在を知りながら、これを拘束する特約条項をとりきめなかったわけでもなく、かつまた下請負契約の内容に容喙し得たのにもかかわらず、出来形部分の帰属に関する特約条項の挿入を放置したものでもないからである。上告人は住吉建設との間にだけ請負契約を結んだものであるから、出来形部分の帰属についての特約も住吉建設としただけであって、上告人のかかる態度になんらの落度もなく、またなんら避難されるべき点はない。そしてまた上告人が請負契約において定められた分割代金を、その定められた期日に住吉建設に支払ったことについてもなんら責められるべき筋合いはないのである。

一方被上告人は、原判決も認定しているように、本件が上告人を注文者とする住吉建設からの一括下請負であることを知悉し、かつ建設業法第二二条二項に違反することを知りながら本件工事を行ったものであって、注文者と元請負人との間の請負契約の内容を当然知りまたは知り得べきであったのであるから(元請負契約の内容を知らずして下請負契約の内容をきめることなど到底考えられないところである)、もし元請負契約が解除された場合においては、出来形部分は自己の提供した資材でもって形造されたものであっても、その所有権は直ちに注文者に帰属することを前提とし、これを承認して下請負契約を結んだものと認めるべきである。このことは一般的に、下請負契約の内容が、元請負契約の内容の範囲内で結ばれるものであること(両請負契約における請負金額、工事の完成期、引渡の時期等を考えれば自明である)からも首肯でき、元請負契約において出来形部分の注文者への帰属を定めた条項が注文者の全く関知しなかった下請負契約に同様の条項がないからといって、阻害される理由はないといわなければならない。

このことはまた、下請負人である被上告人が提出した建築材料の代金についてもあてはまる理である。即ち、建設業法第二十四条の三の第一項によれば、元請負人は、注文者から出来形部分に対する代金の支払いを受けたときは、一か月以内でかつできる限り短い期間に下請負人に下請負代金を支払わなければならないとされ、同第二項によれば、元請負人が前払金の支払を受けたときは、下請負人に必要な費用を前払金として支払うよう適切な配慮をすべきこととされているのであって、右にも述べた如く、本件における下請負人である被上告人は、元請負契約第六条(〈書証番号略〉)による注文者の元請負人に対する請負代金の分割支払期並びにその金額を知っていた筈であるから、右建設業法第二四条の三第一、二項によって元請負人たる住吉建設に対し遅滞なくその支払を請求し得たものといわなければならない。しかるに原判決の認定によれば、下請負人たる被上告人が「下請負代金の支払を全く受けていないのも最初の支払分の支払日のすぐ前に住吉建設株式会社が倒産したためである」というのであるが、住吉建設が倒産したのは、原判決の引用する第一審判決理由によれば、昭和六〇年六月に入ってからであって、上告人はそれに先立ち既に同年三月二〇日に一〇〇万円、同年四月一〇日に九〇〇万円、同年五月一三日に九五〇万円を住吉建設に支払済であり、右出来形部分を上回っていることもまた原判決の認定するところであるから、原判決の右判示も正当とはいい難い。のみならず、原判決理由がいう如く、被上告人は、「住吉建設株式会社の経営が苦しいことを聞知していた」というのであれば、被上告人は尚更のこと可及的速やかに下請負の材料費を請求すべきであったし、さらにまた原判決が「下請負人が元請負人に近い立場にあることが多いとはいえ、一般に他社の経営の実態を外部から把握することは極めて困難であることは明らかである」というのも本件においては不可解である。何となれば本件にあっては二九〇〇万円に及ぶ建物の建築一括下請負であって、下請負人も元請負人も同業の建設業者であるから、その実態を把握することは左程困難事とは考えられない。従って、この点の判示もまた当を得たものとはいうことができないのである。

本件における上告人と被上告人との右のような立場を比較勘案するならば、一般論として建物建築の注文者と建設業法第二二条二項違反の一括下請負人との建物築造の法律関係については、第一に一括下請負人は下請負契約の内容を主張して注文者と元請負人間の元請負契約の内容の改変または阻害をすることはできず、第二に一括下請負人は下請負代金の受領は勿論、建築材料の価格(その所有権の価格)の受領の権限をすべて一括して元請負人に委任し、元請負人を通じてその価額を受領し得るもので、直接注文者に対して右価額相当額の請求をなし得ないものと解するのが相当である(但し、債権者代位の請求をなし得ることは別問題であるこというまでもない)。従って注文者が、元請負人に前渡金または出来形部分の請負代金を支払った限度において下請負人に対する材料代金をも支払ったことになり、その限りにおいて下請負人は材料の価額相当額を直接注文者に請求する権利を失うものと断ずることができる。かくいえば、一括下請負人は注文者に対して建築材料の所有権を主張し得ないこととなるが、このことは、注文者に内密で元請負人の背後にひそんで工事を行った自招の結果であってやむを得ざるものであるし、建設業法第二二条二項違反の下請負人が注文者との間になんらの契約がないのに、注文者の土地上に建物を築造し得る根拠が、元請負人の請負契約による土地使用権限の背後に包攝された権能であること並びに下請負人は、建物築造後下請負代金を直接注文者に請求し得ないことに思いを致せば、右の結論はなんら異とするに足りないのである。しかもかく解してこそ注文者の関知することのない第二次、第三次の下請負人からする注文者への建築材料価額の請求を避止することができる。かかる意味において履行補助者理論を採って被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当である。

本件では、既に述べたように上告人は、請負人たる住吉建設に対して出来形相当価額以上の請負代金を契約内容に従って支払っていること、住吉建設との請負契約が解除された場合には出来形部分は上告人に帰属する旨の特約が存したこと並びに被上告人が建設業法第二二条二項に違反して一括下請負をし工事を行ったものであることは、原判決の適法に確定したところであるから、先に述べた理論からして被上告人はその材料の所有権の価額の支払いを上告人に主張することはできない。よって原判決は法令の解釈を誤ったものというのほかはない。

仮に、原判決のような見解をとるとするならば、一括下請負契約の存在を全く知らされずに請負人に約定どおりの代金を支払った注文者が、後日になって一括下請負人から材料代の所有権に基づき価額相当額の支払いを求められた場合、十分なる救済の方途を欠くこととなるが、原判決は、このような場合に思いを致しているのか、またそのようなことが現実社会の建物建築請負契約の解釈として一般的に妥当なものとして認知されると考えているのか全く疑問であって、上告人は原判決のような見解は到底現社会には通用しないものと考える。これが貴庁の適正妥当な判断を求める所以である。

なおこれ迄下級審の先例も、注文者が一括下請負契約の存在を熟知しており、かつ注文者は元請負人に対し、請負代金の大部分を支払済ではあるが、元請負人が下請負代金の決済をしていないことを注文者も知り得る立場にあった事例では注文者を保護してはいないが(東京地判昭和六一・五・二七判例時報一二三九号七一頁)、注文者が一括下請負契約の存在を知らず、従って元請負人に対して請負代金を支払った事案においては注文者を保護する立場にたっている(東京高判昭和五八・七・二八判例時報一〇八七号六七頁)。最高裁の先例としては、一定の事実関係のもとに注文者原始取得説に立った昭和四四・九・一二(判例時報五七二号二五頁)ものと、昭和五四・一・二五(民集三三巻一号二六頁)があるが、後者の事案は、その原審判決の事実摘示から明らかなように、一括下請負契約ではなく、一部主要部分の下請負契約であって、一部は元請負人、一部は注文者において施行する約があり、注文者において下請負契約の存在を知っていたため、建設業法第二二条の点は全く争点かつ論点となっていないので、本件とは事案を異にする。

また、未完成な建前が、問題となった場合の下級審の裁判例としては、東京地判昭和四・四・三〇法律新報一九〇号二〇頁、大阪地判昭和二八・一二・一八下民集四巻一二号一八九七頁、東京地判昭和四五・六・一五判例時報六一〇号六二頁をあげることができるが、これらの裁判例は、途中まで請負工事をした者またはそれから買い受けた者とそれらを完成させた者との間の完成建物の帰属をめぐる事案であって、最後者のものは、一部工事の下請負の事案に関するが、これらは、いずれも建設業法二二条の点は全く問題となっておらず、かつ建前引渡について当事者間になんらの合意の存在しない事案に属し、本事案とは内容を異にすることを付言する。

上告理由第二点、第三点〈省略〉

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